代表  エンちゃん(俗名 高橋 裕)

桜堤生まれの桜堤育ち。旧桜堤団地っ子。根っからの武蔵野っ子であり、現在の住まいは塾の隣り。

体内年齢は30代前後、体脂肪率は10%台という驚異の肉体を持つ中年男。

「勉強」と「スポーツ」のハイブリッド教育を普及させようと本気で考えている。

大学在学時から颯爽と学習塾の教壇に立ち、以来三十年以上、生徒達からは「エンちゃん」愛称でからかわれ(注*親しまれ)、日々教室内で熱い生活指導(注*学習指導)を繰り広げている。

第二次ベビーブーム世代で、自ら熾烈な中学受験を経験した。「小6の冬、勉強しすぎて親に止められた」など、生々しい体験談は中学受験生だけでなく、なぜか非受験生からも賞賛を受けている。

井の頭線・駒場東大前が最寄り駅の、近年御三家入りを果たした中高一貫校の出身でありながら、大学入試のみならず、複雑化する高校入試システムにも精通する進学情報マニア(注*プロフェッショナル)である。

趣味はスポーツ全般。ありとあらゆる球技を難なくこなす。長きに渡り少年野球チームのコーチなども務め、季節講習の中日には、甲子園に日帰りで高校球児を見に行ってしまうほどの異常者(注*行動派)である。

ここ数年は大きくイメチェンし、体重は75kg→57kg、ウエストは88cm→69cm、白髪交じりの髪を染め服装もカジュアルになった。おかげで30代後半に見られてしまうこともあるという。

以前は興味がなかったK-POPなどの流行りの音楽やファッションなどにも興味を持ち、「中身は昭和、外見は平成を通り越して令和」という不自然すぎる融合を成し遂げた結果、醜かった40代を悔いてやまない。

今では、道で卒業生や保護者にすれ違いざまに挨拶をしても、ほぼ10割の確率で誰だか気付かれない。

ところで、この”エンちゃん”という愛称であるが、これは小学校時代のあだ名「猿=さる」が、中学生時代に音読み化して「猿=エン」に昇格したというのが、現在では最有力説である。enpic

 

 

 雑用主任  小池 正義

山梨県甲府市生まれ。海を知らない山猿っ子。根っからの山梨っ子ではなく、現在の住まいは小金井市。

元々英語が大の苦手であり、中学2年の時、数少ない英検4級不合格者に名を連ねる。

大学受験を控えた12月の模試では、日本史と英語の偏差値が20以上離れるという珍業を成し遂げた。

この世界の門を叩いたのは大学在学時。国語か社会の講師を希望していたが、最初の塾では算数の授業を押し付けられ、掛け持ちした塾では面接官がたまたま英語講師だったという理由で英語を担当する。大学の講義中、小中学校の教科書を開いて必死に予習に励む。

現在は英語講師ということになっているが、海外渡航経験はゼロ。留学はおろか旅行ですら国外に出たことがない。将来の夢はパスポートを持つこと。英会話スクール等に通わずぼっちで独学で英語を学び、英検1級と”オートマ限定”普通免許の資格を取得。

「きのこの山」を愛し、「たけのこの里」を認めない偏執狂でもある。今日の若者の多くが「たけのこ派」であることに心を痛めている。

塾創立以来、10年に渡って「きのこ派」の布教に奔走している。koi

 卒業生スタッフ

高嶌 蒼一郎

中学2年生の時、ジャムの一員となる。

生徒時代は、凡人には到底解読不可能な読みにくい文字アート心あふれる文字を答案用紙に披露し、採点者泣かせとして名を馳せた。

「記述の多い学校は危険かもしれない。全問マークシートの高校を探そう!」という前代未聞の進路指導を本気で考えさせられたほどの逸材である。

それゆえ、生徒を卒業し、講師として初めての授業を翌日に控えた夜、教室のホワイトボードに向かって懸命に文字を書く練習をしている姿は、関係者の涙を誘った。

講師デビュー当日は、講師歴5年目のベテランを思わせるかのような落ち着いた授業を展開し、先輩講師だけでなく、生徒までも驚愕させた。

板書を見た限りでは、その指先から放たれる文字に、中高生時代のアート要素は一切見られない。安心して授業を受けてもらいたい。

授業は超まじめな正統派。雑談でお茶を濁すことは一切ない。ある意味、歴代講師の中で、ぶっちぎりで最もジャムの講師らしくない稀有な存在であるが、講師デビュー1か月で、すでに一部生徒の間でファンクラブが誕生するほどの人気を博している。

今後の活躍が大いに期待される、待望の黒ラベル新星である。

 

齋藤 蔵人

中学2年生の時、何かの間違いでジャムに入塾する。

中学時代はサッカーのクラブチームに所属し、高校時代もサッカーに青春を捧げてきた生粋のスポーツマン。

とはいえ、体育会系特有のオラオラ感は一切醸さず、外見はどう見ても、読書や植物鑑賞を愛でる物静かな青年である。

現在は大学で理系の勉学に励むが、文系教科も得意であることから、当塾の一方的な都合で、文系教科ばかり押し付けられている。

講師としての初授業は、なんと高校を卒業する前。無理やり授業を押し付けられて、前代未聞の“高校生講師”として衝撃的デビューを飾らされた。

性格が非常に温厚ゆえ、当塾初の“癒し系講師”として、一部生徒の間で信仰の対象になっている。

 

矢吹 佑

ジャムに通い始めたのは小学生の時。

「The理系」を思わせるインテリジェントな顔つきからは想像できないが、実は無類の野球好きである。

日本の高校野球やプロ野球だけでなく、大リーグ事情にも精通しており、野球に関することは大抵教えてくれる。

授業中の立ち振る舞いは上品そのもので、授業を受けた生徒のマナーが向上していると定評がある。

話し口調は類を見ないほど優しく温厚。そのため、最近は心理カウンセリング目的で授業に参加する生徒もいるとか。

齋藤先生と双璧をなす当塾の“癒し系講師”として、生徒たちの心の健康に貢献している。

 

榊 大夢

ジャムの仲間になったのは、高校1年の終わり頃。

講師は男だらけというむさ苦しい当教室において、記念すべき二人目の女性レギュラー講師。あの吉田先生の後継者とされる。

生徒時代には”男子マインド”の持ち主として恐れられ、何人かの講師を舎弟分として従えていた。

やると決めたらトコトンやる意志の強さを持ち、高校2年時に当塾初となる”英検準1級1発ストレート合格”を果たす。高校3年を前にして、すでに将来講師として搾取される約束を取り付けられた。

その清楚な風貌からは想像できないが、中身は癒し系とは真逆のオラオラ系。チャキチャキの江戸っ子を思わせる元気な口調で、当塾のナヨナヨした男子生徒諸君に日々喝を入れている。

宿題を忘れた男子生徒のお尻を直接素手で引っ叩く日も、そう遠くはないだろう。

 

藤川 由莉子

中学1年生の時、運悪くジャムに捕獲される。

文武両道の体現者として、中学時代から一貫してサッカーに青春を捧げたなでしこ。

高校では女子サッカー部に所属し、高3の夏までサッカーに明け暮れる日々を送った。

本格的な受験勉強を始めたのは夏休み以降だが、6か月の勉強で猛烈な追い上げを見せ、ストレートで第一志望へ合格を果たしてしまう。

まるでマラドーナの「伝説の60m5人抜き」を彷彿とさせた伝説的な追い込みは、今後も語り継がれていくであろう。

見た目は物静かな文学少女風であるが、内面には厳しい体育会系の血が流れている。ナヨナヨした男子生徒のお尻にボレーシュートが炸裂する日も、時間の問題と見られている。

 

まゆ様(桑原 真由)

小学生の時からジャムに通う。生徒としての在籍期間は8年超。現在の講師スタッフよりもジャム歴は長い。

「知力・体力・人間力」において、非の打ちどころがない文武両道の体現者。歴代の講師から畏敬された。

生徒でありながらも、エンちゃんを抑えてジャムカーストの頂点に君臨し、いつの間にか「まゆ様」と呼ばれるようになった。

現在は東京から500キロ以上離れた国立大学の大学院で勉学に励んでいるが、「帰省中はジャムの講師として働く」という約束を強引に取り付けられてしまい、「神戸、時々ジャム」という生活を強いられている。

まゆ様が教室に姿を見せるのは、主にGWや夏休み・冬休み・春休みであるが、もし片道3時間の新幹線代をエンちゃんが支給できたら、毎週末の授業も可能となる。

夢が叶うことを、期待してやまない。

 

まゆ様の授業受講の心得!

    1. 通常の授業よりも、10倍以上礼儀正しく臨むこと。
    2. 質問する際は「せんせー!」ではなく、「まゆ様!」と呼ぶこと。

上記心得に反した生徒には、自主退塾が勧告される。注意するように。

 

 卒業生スタッフSV(スーパーバイザー)

福地 庸介

ジャムスクールに生徒として10年以上在籍し、その後は講師として6年間在籍。誰もが認める、当塾最大の被害者で功労者である。

「人生の3分の2以上をジャムと共に歩む」という不遇な境遇を感じさせない温厚なオーラと、優しいスマイルがトレードマークである。

博学多才で、理系でありながらも古典を教えていたスーパーオールラウンダー講師。一つのホワイトボードに、古文の助動詞活用表と漸化式が混在する様は、もはや芸術の域とされた。

現在はレギュラーを退いているが、不定期的に来塾して後輩講師の指導や、特別授業などを行っている。