前回の続きとなります。

それは、口減らし。

– 口減らし –

家計の負担を軽くするため、子どもを奉公に出したり養子にやったりして、養う家族の人数を減らすこと。

これは辞書に書かれている説明ですが、当時行われていたのは、こんな人道的な口減らしだけではありません。

「産まれたばかりの新生児を殺す」「遠い場所に置き去りにする」といった口減らしも横行していました。

この、人でなし共があぁっー!と怒りを覚えるかもしれません。

でも大飢饉に襲われた時、特に農村部の貧しい家では、そうでもしないと一家が丸ごと消滅するのです。それ以外に生き抜く術がなかったのです。

どんな時代でも「我が子は目に入れても痛くない」という心情は同じだと思います。

一家を存続させるため、我が子を自身の手で殺めなければならない。どれほどの苦しみであったことか、もはや想像を絶します。

日本には、昔から「七五三」という行事がありますが、内的要因(病気)と外的要因(口減らし)の双方をクリアした者だけが、ようやく7歳まで到達できた時代があったことを思うと、子どもの成長の節目を祝う七五三に込められた意味の重さを感じます。

今から2年前、私は新潟にいる姪っ子の三歳の七五三に招かれました。

そういった背景を知らない当時の私は、「真っ昼間から、新潟の美味い酒が口にできるなんて、有り難い行事だな~」とニヤニヤしながら上越新幹線に乗り込んでいた始末。

タイムマシンがあったら、今すぐその新幹線の中に入って自分を殴りたい…。

「シャボン玉」を作詞した野口雨情が生きていた時代は、子どもが学齢前に亡くなる確率が、サイコロで1が出る確率よりも高いという環境に置かれていました。

その時代に生まれ落ちた子ども達にとって、ピカピカの1年生となって小学校に通うことは、一つの大きな大きなゴールだったと思われます。

もしも、当時の子ども達が現代の子ども達を見たら、どう感じるでしょうか?

同期に生まれた仲間のほとんどが、当たり前のように学齢期を迎え、普通に小学校に入学していく世界。本当にうらやましく思ってくれることでしょう。

しかし、その先に待ち構えている状況を見ても、うらやましく思ってくれるでしょうか?(続く)