前回の続きになります。

チェーンの外れた自転車に乗ると、いくら頑張ってペダルを踏んでも、前には進めません。

自分の仕事は、自転車のメンテナンス業のようなものだと思っています。

チェーンが外れたら掛け直し、タイヤがパンクしたら即修理する。いつでも「ペダルを踏んだ分だけ、前へ進む自転車」を提供すべく努める。

人間というのは、

「努力した分だけ、前に進んでいける」

そう本心から思えた時に初めて、いわゆる「やる気」のスイッチというものが、オンになる生き物ではないでしょうか?

だから、「勘が当たった!」といった偶然によって良い点数を取ったとしても、スイッチがオンになることはありません。

自らの足でペダルを回し続け、その中で「着実に前に進んでいる」と心から実感できた時に初めて、自らの手でスイッチを押すのです。

生徒にとって必要なのは、モーターが付いた自転車ではなく、「踏んだ分だけ着実に進む自転車」なのです。

昔はよく、塾や予備校に行けば「誰でも受験テクニックが身に付く」なんて言われていました。

しかし、実際この世界に身を置くと、すべてとは言えませんが、「ガセネタ」だと気付きます。

ペダルを踏むのは生徒自身。自分で回そうとする強い意志がなければ、メンテナンス屋が待機していても何も始まりません。受験テクニックもヘッタクレもないのです。

受験テクニックというものは、一種のスポーツドリンクのようなもの。ペダルを全力で回して汗をかいた後だからこそ、口にした時に体への効果が増すのです。

☆ ☆ ☆

さて、

「空回りの努力」は愚行だと述べましたが、だからと言って私は、「努力」という行為そのものを否定するつもりはありません。

結局、今の私にとって、無駄な勉強法をたくさん知っていることが、授業の現場においては宝物になっているからです。

空回りな努力は、当時は無駄そのものでしたが、今の私にとっては、決して無駄ではありませんでした。ぶっちゃけ、この仕事を長く続けてこられたのは、空回りの努力をいっぱい経験していたお陰なんです。

結局、「無駄な努力」なんてものは、この世に存在しないのです。

— 努力は、いつか何かしらの形で、必ず帰ってくる —

そう生徒に伝えられることが、今は本当に幸せなことなんだと感じます。

☆ ☆ ☆

さて、2019年最後のブログ「今年を振り返って」ですが、よくよく考えてみたら、途中から「自分を振り返って?」になっていました(汗)

当初は、英検の低年齢化の話で“サクッ”とまとめるつもりでしたが、年末のテンションもあってか、“若干”話が膨らんでしまいました。今年最後ということで、恥ずかしい自分語りをお許しください。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

それでは、

生徒の皆さん、

保護者の皆さま、

ご近所の皆さま、

そして、いつも素通りされる通行人の皆さま、

今年も本当にお世話になりました。来年も引き続き、宜しくお願い申し上げます。

皆さまが素晴らしい2020年を迎えられますように。

良いお年を!