最後のジャム生(3)
(前回の続きです)
我々講師にとって、生徒が第一志望に合格することほど嬉しいものはありません。
しかし、彼女がめでたく第一志望に合格した場合、彼女は東京から500キロ以上離れた場所に旅立ってしまいます。
言うまでもなく、その時点で彼女に講師として働いてもらう話は、初めからなかったことになります。だって物理的に無理です。
「今後の塾のメリットを考えたら、彼女には東京に残っていてほしい…だったら」
そんな“悪魔”が脳裏によぎった瞬間が“皆無”だったと言えば、嘘になります。
実際、エンちゃんに、
「どこかで第一志望に落ちてほしいとか、1パーセントくらいは思っていませんか?」
と、意地悪な質問を投げかけたこともありました。
彼女の第一志望合格は、将来の塾にとってはデメリット…。
そんな恥ずかしい最低のジレンマを、一瞬とはいえ、感じました。
でも、そんなもの、初めから答えは決まっていました。
我々は商人ではありません。
「経営戦略」という大義名分をかざし、平気で社員をリストラできる大経営者様のような心臓は持ち合わせておりません。
塾講師には塾講師なりに、譲れない「筋」というものがあります。
この「筋」というものだけは、目の前にどんなニンジンをぶら下げられても、曲げることはできないんです。
万が一、曲げてしまうような輩がいたら、その人はパチモンです。ちなみに塾講師から「筋」をとったら、単なる社会不適合者ですから。(*あくまで、個人的な意見です)
ちょっと格好つけちゃうと、頭の片隅に、あのゾルバのセリフがよぎったのです。
Cats do cat things. Gulls do gull things.
(猫には猫のやるべきことがあり、カモメにはカモメのやるべきことがある。)
迷うことなく、彼女のラストスパートに尽力いたしました。(格好つけすぎだろ)
2月23日、とうとう最後の授業を迎えました。
終了10分前くらいに「ああ~、先生の授業を受けるのは、もう二度とないんだぁ~!」
そう言われた時、私は熱くなる目頭を隠すのに必死でした。
最後は握手して、教室から送り出しました。
☆ ☆ ☆
約2週間後。
「や・や・やったぁぁぁーーーっ!!!」
吉報を受け、エンちゃんと私は大声を出して喜び合いました。
興奮が少し収まった頃、
「でも、塾的には残念なんだよね~。」
なんて、エンちゃんが思い出したように言いましたが、どう見たって満面の笑みを隠しきれていませんでした。
我々と一緒に武蔵境にやって来たジャム生の最後の一人が、ついに卒業となりました。
(続く)